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もるひのRO日記(Iris在住)
by moruhi
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俺と奴とのRO事情01 〜奴の靴には穴がある〜

毎度のことくだらない展開なのだが、ふとした拍子に「今いちばん欲しいものはなにか」という話になった。波瀾万丈な人生模様をふんだんに盛り込みつつ、酸いも甘いも赤裸々に盛り上がる予定だったが、奴は「新しいシューズがほしい」の一言で場の展開に終止符を打った。
「だったら首都プロンテラにでもいくか。あそこの密集している露店なら手頃な中古品が見つかるだろう」
そんな流れで、俺たちは滞在している田舎から少し遠出することになった。
道端を歩いていたアコライトに声をかけると同時に金をかけて、俺は首都まで一気にワープポータルで転送してもらうことにした。足腰に無駄な負担はかけない主義だ。
奴はといえば美人のプリーストを口説き落とし、無料でポタを出してもらっていた。奴はそういう足腰の使い方をする。


闇ポタされた奴と一時間後に合流し、俺たちは並んで大通りを歩き始めた。
「貴様はなぜ新しい靴が欲しいのだ」
素朴な問いかけをすると、奴は無言で足元を指し示した。それを見て、さしもの俺も絶句した。
「なんだと。それはこの世にあるまじき不正品か。スロットがひとつ多いぞ」
「ちがう。ボロすぎて穴があいただけだ」
 たしかにある意味レアなレベルでボロかった。アレなレベルで臭いそうでもある。
「雨の日も風の日も、砂塵舞い散る砂漠はもちろん、しっとりねっとり陰湿なダンジョンの奥底でも、俺はこの靴と一緒に戦い抜いてきた。共に笑い、時には泣き。まさにかけがえのないマイフレンド、汚れなき盟友。しかし、そろそろ無理が祟って限界が近い。盟友のくせに汚れもひどい。別れるのはつらいが、戦友にセンキューの気持ちで、おニューの靴に鞍替えすることにしよう」
 心苦しそうに顔を歪めながら、奴はひさびさのショッピングにうきうき気分だった。
 そんな奴が、ふと足と同時に目をとめた。
「ほう。この靴、なかなかいいじゃないか。おっさん、これはいくらだい」
「おにいちゃんと呼べ」
 それは無理な相談だ。
 奴はその頑固そうな中年商人と交渉を開始し、ほんのわずかでいいから負けてくれと食い下がった。腐犬ベリットのように噛み付く勢いだ。この値札には0が多すぎやしないか、なにかの間違いか詐欺だろうだから1つと言わず2つほど削ってくれ消してくれ滅してしまえと、まるでダダをこねる子供のように屁理屈をこねた。その気迫に押され、商人はしぶしぶ折れつつも、ひとつの安易な条件を提示した。
「ジャンケンに勝ったら安くしてやろう」
「ふむ。いいだろう、のぞむところだ。俺の鉄拳アングリー、飢えた獣のハングリー! 現世の怒りと来世の希望を込めた完全無欠にして悠久不敗の正義を一身に受けるがいい!」
 奴は負けたので、値札のままの金額で購入することになった。
 それでもお得感満載の商品だ。奴はさっそく足に通し、軽く三回転半ジャンプを繰り出した。白鳥のように美しく跳躍し、着地はさながら醜いアヒル。
「ふむ…このフィット感、やはり俺が目をつけたことだけあるな。実に満足だ」
 ご機嫌でスキップを繰り出す奴から少し離れて、俺はうしろから声をかける。
「おい、そんなはしゃぐと痛い目に遭うぞ。大方の予想、そのうち転ぶ」
「転ばぬよ。俺はこう見えてもマジシャンだぜ。転ばぬ先のS4ロッドさ。俺の人生は順風満帆だ」
 靴一足でそんなに人生が変わるものかと俺は鼻で笑い飛ばしたが、それはそうと、奴の手にはまだ以前の靴がぶらさがっていた。あれはどうするのか、得意のファイヤーボルトで焼却してしまうつもりか。
 そう思っていると、奴がパチンと指をはじいた。
「うむ、この古い靴の処分を思いついたぞ。せっかくの大都市に来たんだ、ここは露店を出して売ってみようじゃないか。今となっては古びたものだか、それでも欲しいという奇特な人物が存在するかもしれない。新しい買い手がつけば、この靴もさぞ喜ぶことだろう」
 廃棄した方が世のためになる気もしたが、奴はさっさと出店の準備を始めていた。商人でもないのに手慣れたものだ。
 道端に座り込み、奴は声を張り上げる。
「いらっしゃい。出所は詳しく説明できないが、とにかく靴だよ。安いよ」
 高かったら詐欺だなと思いながら隣で座っていると、俺たちの前に立った人物がいた。
 プロンテラ警備兵が不審人物を取り締まりにきたのかと思ったが、それはアコライトの少女だった。
「あの、商品を見せていただいてもよろしいですか?」
 奇跡的に客だった。
 奴は諸手を打たんばかりの勢いで靴を差し出し、あれこれとアピールを始めた。ぼろいなどとは口が裂けても言えない。歯が浮くような美辞麗句、過剰広告もいいところだ。
 アコさんはそれを真剣にふんふんと聞いていた。そいつの言うことを信じちゃいけないぜ、と警告しようと思ったが……外見からしてあのボロだ、どうせ最後には愛想よく『また今度の機会にします』ってことになるに違いない。
 そして最後に、彼女はにっこりと笑った。
「じゃあ、この靴いただきます」 
 まるで天使の微笑みだった。
 俺の視線はその笑顔に釘付けだったが、心が貧乏な奴は金の方に夢中だった。
 手もみをしながら代金を受け取る。
「まいど。大事にしてくれよな」
 奴はひらひらと手を振り、しめしめと金を勘定していた。
「いや、予想外だが儲けたぜ。まさか売れるとは。俺のファンかもしれない」
 奴の戯言を聞き流し、俺はぼんやりとアコさんが立ち去った街並みを眺めていた。
 そして、ふと、あることに気付いてしまった。
「おい。あの靴、ちゃんと洗濯してあるんだろうな」
「そんな暇があるか。さっき履き替えたところだろう。脱ぎたてほやほやだ」
「いかん。貴様、考えてもみろ。あの靴をあの子が履くんだぞ。貴様の臭いが染みついた汚らわしいボロ靴を。これが黙っていられるか、想像するに耐え難い」
「だったら貴様が買えばよかったじゃないか。親友のよしみで大サービスしてやったのに」
「そんな金があるか。そもそも、あんな靴を世に出すのが間違いだったんだ」
 俺は駆けた。天使のようなアコさんを追って。
 普段使わない足腰にムチを打ち、息切れするのも構わず走った。
 その甲斐もあってか、彼女の居場所はすぐさま判明した。
 街中央の噴水。ペンチに腰掛け、赤いサンダルを脱いでいる。その艶めかしい脚のラインに目と心と時間を奪われつつ、今まさに例のシューズを履くという世界規模の過ちを阻止する使命感に燃える俺は「やめるんだ止まるんだ、速度減少ぉぉぉぉぉ!」と使えもしないスキル名を喚きながら驚異的な跳躍力でアコさんに飛びかかった。
 驚愕に引き吊ったアコさんの顔が目の前に迫り、そのまま俺たちは重なり合って噴水の中に突っ込んだ。ロマンチックというにはだいぶ程遠い遠いダイブだ。盛大な水しぶきと泡ぶくをあげて冷たい水底に沈む俺は、しかし邪気に染まりかけた天使を救った達成感に酔いしれていた……体ぴったし水浸しになって柔らかくも暖かい密着感が非常にイイ感じで鼻血がやめられないとまらないたまらない、なんていうか致死量。
「おおお、これを世界を救う勇者の所業と行ってよいものか。なんと破廉恥な。真っ昼間にして往来のさなか、いたいけな婦女子をアクティブモンスターのごとく押し倒すとは。ハングリー精神過剰というか、あんぐり開けた口が塞がらんよ」
 ほどなく追ってきた奴が感心したように頷いているのだが、俺はそんなことにまるで関心はなかった。
 問題なのは、目の前に立つアコさんだ。
 天使の微笑みは悪魔の形相へと変貌し、爆裂波動のごとく怒りのLv99オーラを発している。水面がぐつぐつと沸騰しているようだった。
 アコさんは無言で腕を振りかぶり、「変態!」と叫んで拳を繰り出した。手には、しっかりと例のシューズをつかんで。
 衝撃と共にボロ靴を押し付けられ、なんていうか致死量。
 すさまじい臭気が鼻孔を貫き、脳まで達した刺激は一瞬で細胞間の連結を粉砕する。
 スタン効果があるなんて聞いてねぇと文句を垂れつつ、今までの波瀾万丈な人生模様が赤裸々にもキラキラと彩られて脳裏を踊り狂い、まさに渡る世間が走馬燈。
 昏倒した俺はそれで一件落着なわけだが、アコさんの方はびしょびしょで大変だ。
 奴が気を利かせて「俺はこうみえてもマジシャンさ。得意のファイヤーボルトで服を乾かすなんてお手のもの。おっと、誤って全部燃やし尽くしてしまうなんてどうかな。個人的な目の保養も相まって社会全体の福利厚生に適う賞賛すべき善行ではないだろうか」と紳士的に頬笑みかけて、ポタでどこかに飛ばされていた。

 一時間後に俺が目を覚ましたとき、ちょうど奴も遙か遠方より帰還した。
「いやはや、やはり都会は物騒だぜ。なにが起こるかわかったもんじゃない」
 そんな感想を述べる奴だったが、とりあえず新しいシューズと出会えたのだから当面の目標は達成しているのだ。それに引き替え、俺はなんなのだ。骨折り損か。
「見てみろ。せっかくあのアコさんが買ってくれた靴なのに、きっちり返品されてるじゃないか。貴様の鼻孔から噴き出た不浄な血糊が付着したせいだ、たしかにそんな商品の使用を強制されたら元・所有者である俺だって遠慮する、ハエ羽で逃げて法的に訴えるくらいだ」
 一連の展開でさらに疲れた感じの靴が、俺の側に投げ捨てられていた。
 都会エンジョイどころか、この街での行動はすべてカラ回りで終結した。これから誰も貰い手がないであろう靴を抱き、俺はニヒルな醜いアヒルのように悟った笑みを浮かべた。
「これもひとつの思い出なのさ……」
 血染めのシューズ、1個獲得。
by moruhi | 2005-05-04 14:17 | RO小説
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